2017.08.19WebマガジンAXIS連載 LightingEdit について


▲ BROKISの新作「MACARON」
チェコの照明メーカーBROKIS は1年ちょっと前から知り、ずっと注目してきました。 昨年一度WebマガジンAXISの連載でも取り上げ、今年のミラノサローネ/ユーロルーチェでも取材させてもらいました。この連載をはじめて3年目に入り、改めて振り返ってみると自分のフォーカスしている取材対象は著名デザイナー、若手デザイナー、知る人ぞ知る実力あるメーカー、など多岐にわたっていることに気づきます。この、BROKISは、いまではヨーロッパのデザイン業界ではとても認知が高く、名だたるラグジュアリーインテリアブランドなどからの引き合いは耐えない存在感のあるメーカーなのですが、日本ではまだ知名度は低いかもしれません。しかし、このメーカーの持つ可能性、技術は驚くべき点が多々あり、国内の総代理店となっているTISTOUさんの目利きに驚きは隠せませんでした。照明という他のプロダクトよりもハードルの高い取り扱いにもかかわらず、照明専門のディストリビューターではないのに凄いと思うし、よくやってくれた ! と拍手を送りたくなります。


LightingEdit 10 「面出 薫 + LPA 光の巡回展『Nightscape 2050 未来の街・光・人』」 照明の仕事をしてきた中で一番に尊敬の念を抱く照明デザイナー面出薫さんにインタビューした記事。心から感動し、気持ちが高まりすぎて文章がなかなか書けなかった。。

私は、国内外問わず認知度とは関係なく有名メーカー、有名デザイナーも含め、その道を切り開いていく人たちやメーカーに興味を持ってしまうのかもしれません。それでも、最初に書き始めたときは、もう無我夢中で、ライターとしての基本もなにも知らず独自に動いていました。思いが先走り、熱くなってしまう点は昔から変わらない自分なので、必死感がありながらも、一つ原稿を書くとエネルギーを全て使い果たし、気が抜けた状態で提出してしまうのでAXISのI編集長からはいつも厳しいアドバイスを受けていました。よく、これまで降板させられなかったと思います。ただ細かい規則や編集方針を押し付けられることは一度もなく、自由にテーマや取材対象を自分に任せてくれるのでありがたいのです。今思うと、I編集長(現在は誌面、Web両方の編集統括になっています)からの厳しくも愛のあるアドバイスの数々は照明ライター、照明ジャーナリストとしての基本を原稿料をいただきながら学ばせてもらったという宝となっているように思います。


LightingEdit 17の「建築家と職人とのコラボレーションから」初めて、対象が”照明”ではなかった。I編集長は、なにも言わずに校正し、アップしてくれた。

これまで取材させてもらった中には、私のこれから進もうとしていることへのきっかけとなったものもありましたし、どれひとつとっても初めて知る深い内容、快く取材に応えてくれたみなさんの思いがいっぱい詰まっています。私がどこまで伝えられているかという不安もありますが、まだまだ知らないことが沢山あると思ったし、知りたいという欲も湧いてきています。取材の音源を起こし、文章にしているとき、なぜか自分をその取材対象に重ねていることに気づきます。書きながら感激したり、驚いたり、泣きそうになったり、気持ちが入り込んでしまうのも自分の一長一短であるのもわかっていて、いつまでたってもプロのエディターには程遠く未熟度半端ないけれど、それも自分のキャラクターなのだと受け止めています。一歩一歩成長していきたい、かつ自分らしい表現、自分しか書けない記事を目指していけたらと思っています。


▲ LIghtingEdit 16 「アルフレックスジャパンのつくる光 LIGHT CONE」 照明メーカーではないインテリアメーカー、アルフレックスの照明開発について。ここにも素晴らしい方の存在が。ライティングアーキテクト、豊久将三さんの話す言葉ひとつひとつが心に響いた。この記事のとき、珍しくI編集長の厳しい指摘が少なかったのを覚えています。

ひとつの照明メーカーで働いていたときには見えなかった世界を、客観的に広い視点で見て捉えることができるのも今のこの立場だからこそ。
来週には、ミラノサローネ/ユーロルーチェの最後の記事がアップされる予定。そして、そのあと3つほど、記事アップ予定。どれも照明の新たな発見と可能性を見いだすことができた素晴らしい方々のお話を聞くことができて書きながら本当にワクワクとしました。また、AXISの連載で気づいたこと感動したことはここに書いていきたいと思います。ライティングエディターという今までに無い分野の名称・肩書きを命名してくれたI編集長(現在は編集統括) に心から感謝し、その名に恥じ無いようクオリティの高いものを作っていきたいと思っています。
いま、私の名刺の一部には「WebマガジンAXISでコラムを連載しています www.axismag.jp」とクレッジットしています。この連載コラムも自分のアイデンティティーであることを示して名刺を渡しています。

最新は、上記BROKISのユーロルーチェ取材の記事。
これまでの記事は、このリンクで一気に読めます

2017.08.07果敢に挑戦できる照明メーカーの理由


▲ FLOSのCEO ピエロ・ガンディーニ

WebマガジンAXISで連載をしているLightingEdit の29回めがアップされました。イタリア、ミラノでは2年に一度、ミラノサローネの時期、照明にフォーカスするユーロルーチェが開催されます。東京ビックサイトの数倍も大きい見本市会場の中の一部に世界中の照明メーカーが出展します。その中でも一際異彩を放つメーカーがFLOS 。FLOSをもし、知らなくてもこのメーカーのつくる照明は必ずや目にしていると思うし、その製品である照明をデザインしている錚々たるデザイナーの名前を聞けば、驚くはず。
フィリップ・スタルクをはじめ、ロナン&エルワンブルレック、マルセル・ワンダース、アントニオ・チッテリオ、コンスタンチン・グルチッチ、パトリシア・ウルキオラ、バーバー&オズガビー、ピエロ・リッソーニ、マイケル・アナスタシアデス、ジャスパー・モリソン、などなど・・・まだまだ多くのデザイン界の巨匠たちの名前が上がります。ただ、著名デザイナーを起用すれば売り上げが上がり安泰 ? ! でしょうか ? これだけのデザイナーたちに照明器具のデザインをしてもらう。そして、そのデザイナーたちが納得のいく製品をつくる。さらに世界的にヒットさせることができる。このプロセスを遂行し続けることはそんなに簡単ではないと思います。
照明の世界、特に意匠照明の世界でトップをいくFLOSには、創業から50年育て培ってきた一貫したフィロソフィがありました。私は今回記事を書くにあたりユーロルーチェの時の取材にプラスし、リサーチをしていきました。現CEOのピエロ・ガンディーニの父にあたる、セルジオ・ガンディーニと巨匠アキッレ・カスティリオーニとの製品開発。ピエロ・ガンディーニとフィリップスタルクとのことなどなど。詳しくは、FLOSのヒストリーを読んで欲しいのですが、とにかく半端なく自社の製品のクオリティと目指すものに対して、ブレないスピリットを持っているということ。このヒストリーを一般公開していますが深掘りしていったら1冊の本にもなりうる内容で驚きました。


▲アキッレ・カスティリオーニデザインのArco
自社の製品に対する自信と誇りは、模倣品などに対して徹底的に戦う姿勢があるところにも現れいて、FLOSのマスターピースとも言えるアルコランプがまさにそう。そして詩的な感覚を持ちながらも機能性を重要視する製品に対する姿勢はものつくりにとって基本とも言えます。

記事にも書きましたが市場を切り開いていった者たちにしかわからないビジネス感覚から、巨匠デザイナーのデザインや要望にも折れない決断力があります。そのような心意気や決断力はなぜ、二代目となったピエロ・ガンディーニにも先代の感覚が受け継がれたのでしょうか。想像ですが、彼が子供の頃きっと周りには巨匠デザイナーたちと父が築いた揺るぎない世界がすでにあったわけで、だいたいお坊っちゃまとしてセンス良い環境ですくすくと育ったのでしょう。自然に照明が当たり前にあるわけで、しかもデザインに優れたものに囲まれて育てば全く別の世界のほうが好きになるか、またはもう申し子のようにこの世界に熱中するか。彼の場合はもちろん後者で、世代的に成人する間際ならばアメリカ、NYあたりに少し憧れなんかも抱いていたのでしょう。そしてここからはFLOS筋から仕入れた情報を加えていきますが、ピエロは、高校を卒業してすぐにFLOSに入り、父に”NY支社に行きたい”というようなことを言ったみたいです。ヨーロッパのちょっぴり古臭い典型的な世界から若いがゆえの考えで、大都会に行っていずれ自分が継ぐ会社に新鮮な感覚を吹き込みたいと思ったのかもしれません。しかし、父のセルジオが息子ピエロを最初に行かせたのは、ドイツの地方にある工場だったそうです。FLOSの公開ヒストリーには、おそらくその頃にドイツに会社を設立とありましたので、その近辺だったのでしょう。真っ先に鼻っ柱を折られた若きピエロ・ガンディーニ。しぶしぶとドイツの田舎に行きます。自分の描いた都会NYのイメージとはほど遠い現実。そこで、彼は決断ししっかりとものづくりの工程、照明器具の構造設計、素材のことなど職人たちから学ぶのですね。父の考えはその後のFLOSの将来も考えてのことだったわけです。父譲りの賢さから、ドイツ語、フランス語、そして英語と語学も習得していったそうです。それから経営者としての人格も備えて。すごいですね・・! 父の代で買収した、イタリアの照明文化を牽引してきたAlteluce。ピエロの代には、創業者ジーノ・サルファッテイ亡き後のAlteluceにはさほど魅力を感じなくなっていたのか、新たなものを生み出さないブランドを持ち続けることに意味を見出せなくなり一部製品の製造を続けるだけでAlteluceブランドの継続をやめます。その後ピエロとジーノ・サルファッテイの子孫たちとの感動ストーリーもあるのですが、それは近いうち別の機会に。話を戻すと、製造技術や照明の構造設計と製造工程などの知識を身につけたメーカーのトップにとって、優れたデザインを見極める力があることは重要で、父とアキッレ・カスティリオーニとの関係と同じように、ピエロはその頃独特のデザイン感覚で注目を集め出していたフィリップ・スタルクに着目します。


▲ 今回発表されたフィリップ・スタルクデザイン「Bon Jour」シリーズのバカラコラボレーション

その後の展開は既知の通りですが、フィリップ・スタルクが個性の強いデザイナーであることと同時にその個性がコントラクトな市場にも大きく通用する可能性を感じます。記事にもあるように、ピエロは、開発担当たちにデザイナーとのコンタクトを任せることなく、直接デザイナーたちとコンタクトを積極的にとるそう。


▲ ジャスパー・モリソンデザインのGLO-BALL

爆発的ヒットとなったジャスパー・モリソンのデザインGLO-BALL。このGLO-BALLの部材のカラーについて、ジャスパーの希望のカラーを却下し、FLOSの視点での仕上げで市場に出します。それがヒットするのです。デザイナーの視点、職人としての視点、それから経営者としての視点全てをバランスよく持つピエロ・ガンディーニに対して、デザイナーたちが絶大な信頼を寄せることも理解できますね。実は、ユーロルーチェのとき、そんなピエロ・ガンディーニに私は興味を持ち取材アポをとりました。難なく事前にOKが取れ期待膨らましアポイントの時間にフィエラ会場に行きました。
会場近くに到着したとき、PRから急遽取材対応ができないとキャンセルを言い渡されました。そのときのショックは大きかったのですが、食い下がりました。
ピエロが会場にはいるのだというのを聞き、せめて彼のポートレートだけでも撮らせてほしいとリクエスト。デザイナーたちから恐れられ、アグレッシブで、怖い印象(実際顔も強面なのですが・・)を聞いていましたので、よく自分も食い下がったと思います(笑) 彼のスケジュールが押しての取材キャンセルでしたから、さぞイラついているかと思いきや、FLOSブースにいた本人にポートレート撮影をお願いすると、なんと快く「デザイナーたちの名前クレジットの前がいいかな」と言って、冒頭の写真がそうなのです。ほんのり笑みを浮かべてくれたピエロ・ガンディーニ。この人を目の前にして、一瞬にしてファンになってしまいました。ほんとに ! 取材キャンセルは、今後縁が続くという兆しのような気になり、会場を後にしました。同じくこの日、市内のFLOSショールームで恒例のレセプションがありました。FLOSのレセプションパーティは、会場に入るのも大変な大行列が有名なのですが、私も覚悟してこの日の夕方現地に。ダメ元でズカズカと行列の横を通り入り口にいくとちょうど、昼間取材キャンセルを言い渡した本部PRの女性がいて、私の顔を見るなり昼のことを申し訳ないと思ったのか「Coming ! 」と。行列の人たちのジェラシーな視線を浴びつつも中に。そしたら・・・入ってすぐになんと目の前にピエロ・ガンディーニ !! とにかく、知れば知るほど、このFLOSというメーカーの進んできた歴史には、あらゆるものつくりの世界に通ずる理念があり、魅力を感じます。先に記した公開ヒストリーの一文に、

“FLOSが挑み続けた多くの挑戦、多くの大胆な選択は、FLOSのイメージとアイデンティティーを創造してきました。それを基に私共は「過去」を読み、「現在」を表現しながら「将来」を描きます。またフロス社の今までの道のりは、挑戦する気持ちを忘れず、常に「詩的」でありながら機能性を求め続ける重要性を体現しています。”

その分野のことを知り尽くし、語れるトップには果敢に挑戦し続けられる理由があるのです。


▲ 今年のユーロルーチェのとき、市内FLOSを訪れたとき運よくバッタリ会えたとき、思わずピエロ・ガンディーニと写真を撮ってしまいました。昼間フィエラで冒頭の写真を撮らせてもらったときに受けた印象をそのままに、とてもチャーミングな人。いつか、日本に来た時にも会いたいと心から思います !